貧困女子の家賃貧乏


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連日、引越しを控えて趣味に没頭する夫に、猛暑も手伝い「いつまでこんな貧乏生活を続ける気なのさ」と、イライラが最高潮に達している私です。

でも夜になり、よくよく振り返ってみますと、私だって夫のことを責めれることをしてる(してきた)わけじゃなく、今までの失敗や後悔の思いを、暢気な夫にぶつけてるだけかもしれないと思いました。

私こそ・・・

立派な家賃貧乏です。

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私は貧困女子だった21歳の頃に、初めて実家を出て一人暮らしを始めました。

理由は言わずもがな、お金の無心をして来るだらしない母親から逃げる為です。

何の気なしに、人のお金を使い込む母親。

自分の身は自分で守りたいと言うのが本心でした。

最初に住んだアパート。

貧困女子の家賃貧乏

貧困女子そのものと言うか、築年数は古く6畳の畳の部屋に洗濯機置き場は外、今時室内アンテナでテレビを観る様な物件でした。

それでも家賃は5万5千円

当時パートフルタイムでの手取りが月12万円位でしたから、ギリギリの生活で収入の中の家賃の割合が多いのですけど、当時は母親から逃げ出す(自活)が目的でしたので生活苦を苦しみと思いませんでした。

それから正社員になり、どんどんアパートをグレードアップ。

そんな中育ててくれた祖母が他界し、将来に不安を覚えた私は某製造会社の正社員となり、収入も増え安定した事から少しグレードの高いアパートへと引っ越す事が出来ました。

しかし一人暮らしの寂しさから禁止されていた猫を飼ってしまった事が不動産さんにバレた事から、3度目の引っ越しを余儀無くされました。

この時点で私は持病を発症し無職にも関わらず、実父の遺産を遣い更にグレードアップしたアパートに移り住みました。

家賃は6万9千円です。

夫と同棲し始めたのもこの頃でした。

貧困女子の同棲

そして入籍を機に、今の借家(家賃10万円超)へと引っ越す事となるのですが、貧困女子だった私が新型貧困主婦となるのに時間はかかりませんでした。

夫婦共働きの仕事が順調だったのはつかの間で、要するに収入に見合った家賃の物件に住まなかったのも新型貧困へ陥った原因なのです。

もちろん人生順調ばかりではないですから、最悪の時も考えてライフプランを考えないとならないと今は思いますが、その時まさか夫婦で失職、親の介護や自身の持病悪化と、悪いことが同時に全部押し寄せてくるとは思いもよりませんでした。

遂には債務整理まで・・・

人にもよりますがお金はあれば遣いたくなるものですし、気持ちも大きくなります。

貧困女子だった私は、資産家だった実父の遺産に目が眩み、自分の社会的立場(つまりは無職)も考えず、より贅沢をしてしまいました。

そして夫の失職、自身の持病の悪化と、全て今となっては言い訳になってしまいますが、遂には債務整理まで陥る事態となってしまったのです。

ここまでで引っ越ししたのは4回です。

これまで払ってきた家賃総額を計算してみましたところ、私の借金返済総額を越えていました。

夫婦で失職しても、食べていくだけなら(我が家は素食ですので)何とかしのいでゆけますが、まったくの無収入期間の家賃負担は堪えました。

5回目となる今回の引越しは家賃0円になります。

双六で言えば、振り出しに戻ると言う事でしょうか・・・実家に戻る事になります。

あの時こうしていれば等の反省や後悔の念はありますが、でも後ろ向きな意味ではありません。

父(養父)の遺してくれた言わば最後の私への財産です。

古い家で色々と不具合もありますが、何よりローンは完済しており家賃負担がありません。

借金返済を抱える新型貧困家庭を脱出するには恰好の機会と思っています。

生前とても家を大切にしていました父(養父)ですので、その家を守り日々感謝しながら生きて行くのが、これからの私の一番のの供養となると思っています。

そんなことを振り返りながら、夜な夜なオリンピックの自転車競技を真剣に見ている、相変わらず暢気な夫へのイライラを半減させている次第です。

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街角法律事務所

私は最初、任意整理という方法で債務整理をしました。

40回ほど1度も遅延せず分割金の支払いをしていたのですが、思わぬ状況から(記事で察してください)人生をリセットしたくて残りの借金を自己破産させていただくことで相談しています。

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