パート休みの今日、日ごろの夏バテぎみの体力回復に努めました。
夫を仕事に送り出してからの遅めの朝昼兼用の食事は、汗をかきながら食べた具のない素麺(冷麦)です。
自分を責める事は絶対したくないような、そんな気持ち。
借金返済も順調とはいえ、電気代節約とばかりクーラーもつけずに、直射日光を遮断してカーテンを閉めた薄暗い部屋で、一人うちわで扇ぎながら具のない素麺食べていると、貧乏臭ささに無性に腹が立ってきました。
読んで字のごとく、素麺だから具がなくて当たり前と、腹立つ気持ちを抑えて自分に言い聞かせました。
そんな貧乏感を誰かに当たるわけにもいかず、当たるとすれば自分ですけど、自分を責めるのは絶対したくないような、そんな気持ちです。
腹立ち感の中での平凡な一日。
それでも日ごろの疲れからか、お腹いっぱい食べると睡魔に襲われて、薄暗い暑い部屋でお昼を跨いで、気持ちよくうたた寝をしました。
目覚めると、よく熱中症にならなくて済んだと思ったぐらいで、すぐに闘病中の愛猫の安否(状況)を確認しました。
その時はまだ、遅めのブランチ素麺でお腹いっぱいでした。
これなら夜いらないかなと思いつつ、お台所を片付けたりお風呂掃除したり、日ごろ手の届かないところまで入念に家事業に勤しみました。
それからつい先ほど愛猫を病院に連れていき、帰宅して夫の帰宅時間に合わせるように家の中を冷やしておいてあげようとエアコンをつけて、平凡な一日の終わりを愛猫とくつろいでいますと・・・
今度はお腹が空いてきて、お腹が空くこと自体に腹が立ってきました。
人間食べなければ生きていけないとはいえ、つい数時間前は、お腹いっぱいで夕飯はいらないと思っていたぐらいなのに。
そこから思考が発展して、考えても仕方ない「人はなぜ産まれてきたのかか?」とか、「何のために生きているのか?」と日頃の借金返済主婦の苦悩ぶりを発揮してしまいました。
たかが具のない素麺からですが。
よく夏場になると、暑さのせい?と思えるような衝動的な事件をニュースで見ますが、もしかするとそういう犯人の心理は、今日のような誰にも当たれないような腹立ち感なのかなと思いました。
結局、今日の夕飯も貧乏貧困家庭の食事も素麺(冷麦)です。
あ、キュウリ1本、買ってきましたが。
いつか、カニカマも入れたいそんな気持ちです。
せめて夫とふたり、束の間の時間は借金のことも、今日一日誰にも当たれないような腹立ち感だったことを切り替えて、自分や(夫)を責めないように、明るい会話を楽しみながら具のない素麺を味わいたいと思います。