【借金苦】お金にだらしない母親と子供の2つの孤独感


更新日:

私の生い立ちは複雑です。
世の中、もっと複雑な環境で、苦労なさっている方々もいらっしゃると思いますが・・・。

私が6歳の時に両親が別居し、私は21歳まで母方の実家に預けられて暮らしました。
祖母はよくしてくれましたが、とても孤独でした。

両親の別居の原因は、金銭的なものでした。

スポンサーリンク

母は、お金にだらしない女性(ひと)でした。

私はバイトをして、高校の授業料を自分で払っていました。
その授業料に充てるはずのそのバイト代も、母に使い込まれてしまった事があります。

やり繰りができないのか、もともと金銭感覚がルーズな人なのかわかりませんが・・・
とかく、お金にだらしない女性(ひと)でした。

「母に、お金を奪われてしまう」

そんな生活に、孤独感に加えて危機感も感じた私は、自分のお金は自分で守ろうと、高校を卒業しスーパーに正社員として就職後、必死にお金を貯めて、孤独を恐れず一人暮らしを決心し実行しました。
21歳の時です。

2つの孤独感。

生活は苦しかったですが、一人暮らしの孤独感より「だらしのない母」に干渉されなくて済む精神的な解放感のほうが多く、ひとりでそれなりに頑張る事も楽しかったですし、まがりなりにも自立出来た事が嬉しかったです。

実家を出て約半年後、暮らしぶりは貧乏でしたがまだ借金とは無縁で、一人暮らしを頑張りつつ楽しんでいた私だったのですが、育ててくれた祖母が他界してしまいました。

それがきっかけで私は、一人娘ながらも親の愛情を知らずに育ち、その育ててくれた祖母が他界し、今後この様に本当に独りになって行くのだと、取り残されていく孤独感を持ちました。

その時に改めて、ひとり暮らしの孤独感も味わいました。
経済的、精神的にも成長し、自立している今でもひとりの夜は孤独を感じます。

孤独感

その2つの孤独感が埋まることはありませんでした。

私は、とにかく、しっかりした会社で正社員になろうとハローワークの門を叩きました。

その時の私は、スーパーの激務に耐えかねて退職して、手芸店でパートとして働いていました。
月々の手取り給料は11万円、家賃は5万5千円。
パートなので、ボーナス等も当然なく、生活は苦しかったです。

ハローワークの就職活動はとんとん拍子に話が進み、私はある製造会社の事務員として就職が決まりました。
パートだった以前より、当然給料は上がり、待遇も良くなりました。

私は貧乏感丸出しのボロボロのアパートから、今時の新しいアパートに引っ越す事も出来ました。

順調に思えていた生活ですが・・・

2つの孤独感が埋まることはなく、私はある病を患い、その会社を退職せざるを得ない状況になりました。

そこから、私の借金苦への転落人生が始まったのです。

お金にだらしない母親からの解放からはじまり、2つの孤独感が糸をつむぐように結ばれた時、私の借金苦は拍車をかけていました。

スポンサーリンク

借金返済に困ったら 無料相談

借金返済の問題はひとりで悩んでいても解決は難しく、今はネットで無料で借金の診断相談ができる時代です。

街角法律事務所

私は最初、任意整理という方法で債務整理をしました。

40回ほど1度も遅延せず分割金の支払いをしていたのですが、思わぬ状況から(記事で察してください)人生をリセットしたくて残りの借金を自己破産させていただくことで相談しています。

-借金返済生活
-

Copyright© 新型貧困主婦の借金返済生活 , 2017 All Rights Reserved.